髪結床は江戸男子のサロン

21世紀のいま、男性は月に1回か2月に1回程度、調髪しにヘアサロンに通う。10分・1000円のカット業態店は別にして、行きつけのヘアサロンがあれば、そこで小1時間ほど過ごす。店主・技術者とほどよい距離感があって、打ち解けた関係ができあがってもおかしくない。
だから前回「天皇の理容師」(http://www.kamiyui.net/?p=108)で、月に1回程度ならほどよい距離感があって、「打ち解けた会話や軽口があってもおかしくはない」と書いた。

これが江戸時代の髪結床となると、通う間隔は短い。
月代は剃っても2、3日もすれば新しく毛が生えてくる。4、5日に1回は髪結床に通わないと、無精でだらしない。江戸っ子が好んだ粋とはほど遠い姿になる。もっとも江戸っ子は「月代が少し伸びたぐらいが粋だ」などと負けず嫌いを言うのだが。

実際、江戸後期に書かれた武士の日記(「石城日記」)をみると、短い時には一日おきに、間が空いても5日に1回は髪結床通いをしている。
これだけ頻繁に通えば「打ち解けた会話や軽口」以上の親密な関係になってもおかしくない。しかも常連客同士も頻繁に顔を合わせることになる。店の奥には客待ち用の上がりがあり、そこには将棋盤や囲碁、さらには草双紙や春画などが置いてある。ある種、サロン化した雰囲気があったはずだ。

浮世床と浮世風呂は江戸っ子の交流の場だった。銭湯は男女混浴が多かったが、髪結床は男の空間だ。床屋通いするのは、ほとんどが単身の男性で、岡場所の話や遊女の話があってもおかしくないし、髷を結ったあと岡場所に繰り出す客もいただろう。
そして後日再会した客同士が自慢し合い、遊女あるいは岡場所の情報を交換する。髪結床はそんな一面もある空間だった。

欧米にバーバーカルチャーという理容店を基点にした文化がある。そこはやはり男の空間で、髪形、服装など周囲の風景はまったく違うのだが、江戸の髪結床と一脈通じるものがありそうだ。

丘圭・著