理美容 事始め

いまの理美容業は明治4年(1871年)から始まった。この年の8月9日、断髪令が発布された。
明治4年という年は、日本の風俗が大きく変わった年である。断髪令のほかに、お歯黒禁止、帯刀禁止など江戸時代から続く風俗が改められた。

断髪令が出されて、すぐにザンギリ頭が広まったかというと、そんなことはない。
江戸時代、ザンギリ頭は非人がする頭として嫌われていたのが、普及しなかった理由の一つともいわれている。そもそも200年以上も慣れ親しんだ風俗はそう簡単に変えられるものではない。

当時、「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」という俗謡が流行ったが、これは木戸孝允(桂小五郎)が断髪を推奨するために、明治4年春に新聞に載せたと伝えられている。
この俗謡には前段があって、
…丁髷頭をたたいてみれば、因循姑息な音がする。
総髪頭をたたいてみれば、王政復古の音がする…
があり、ザンギリ頭へと続く。

明治4年秋、不平等条約の改正を目指して米国・欧州を訪れた岩倉使節団は「頭にピストルをのせた野蛮人とは交渉できない」とか「豚の尻尾をのせている」とさんざん馬鹿にされた。

明治天皇が断髪したのが明治5年で、天皇が断髪してから急速にザンギリ頭が普及したようだ。もっとも中には明治後期になっても丁髷をしている御仁がいて、「未練髷」と揶揄された。

既婚女性のお歯黒は21世紀の日本人には相当、奇異にうつるが、この風習もすぐには廃れなかったという。女性の結髪は明治5年に女性の断髪禁止令がだされたこともあって、髪形は変遷するが昭和にまで続く。やはり風俗は簡単には変えられない。

一方、刀については明治9年に廃刀令が出されて、刀の携帯だけでなく所有も禁止されたのだが、実際には隠し持っている人もいたようだ。歴史学者の最近の研究では、刀をはじめとする武具は第二次世界大戦の敗戦により、進駐軍の指導で撤去・消却されたとされる。

(2013年10月26日に「理美容ニュース【コラム】」に掲載した一文を修正、加筆したものです)

丘圭・著