ザンバラ髪で乞食姿の一揆も

一揆というと、蓑笠を着けた大勢の百姓が筵旗を押したてて行くイメージが強い。高校の日本史の教科書には、そんな絵が挿入されていた。いまの高校生の使う教科書はどうなのだろう?

一揆は一味神水・一味同心の契を結んで行動し、一揆に参加する者は同じような風体をすることが多かった。実際、江戸時代の一揆といえば、蓑笠に筵旗だ。
しかし、中には「異形なる帽子」と称される被り物で顔を隠したり、異形なる姿をした一揆もあった。異形のなかに乞食姿をした集団の一揆もあったことが史料に残されている。

ボロをまとい、髪はザンバラの蓬髪(ほうはつ)にした乞食姿の集団である。
江戸時代、髻(もとどり)を切られることは最大級の恥辱とされ、ザンバラの蓬髪頭は、乞食、非人、罪人がするものと決まっていただけに、この格好をした集団が練り歩くだけで、市中の人は驚いただろうと想像できる。

明治4年に断髪令が出されたあとも、断髪をためらう男子が多かったのは、ザンギリ頭が乞食、非人、罪人のするものだったことも一因がある。

余談だが、一揆と一口にいっても、室町時代の徳政一揆、江戸時代の百姓一揆、また一向一揆など多様だ。一揆ではないが、鎌倉時代の悪党といわれた武士集団、室町時代のバサラの武士集団、江戸時代初期のかぶき者集団など、その集団意識と行動は特異なものがある。集団による示威行動、異形といわれる服装、持ち物、髪型など、仲間意識の現れなのだろう。集団の成り立ち、目的は全く違うが、示威行動、異形という面でどこか根っ子で通じるものがありそうだ。

丘圭・著