ハゲの武士には、つけ髷がある

ハゲは辛い。ハゲは個性と言ってしまえばそれまでだが、ハゲの当人は、個性ではすまされない。
幸い今は、見た目だけの辛さだが、江戸時代はハゲで大変な思いをした御仁もいる。

武士は髷を結うのがならいだ。その髷を結うのに、毛がなくては結えない。そんな武士もいた。
ハゲの武士は、つけ髷をハゲ頭にのせた。接着剤は鬢付け油である。

「ハゲ頭のまわりの毛を鬢付け油で上の方へなであげ、つけ髷をして、そのまわりの毛を、また下の方へなでつけておく」と、「武家の女性」(山川菊榮・著)にある。
鬢付け油は、ハゼの木からとった木蝋と椿油などの植物油を混ぜて作った、主に整髪に使う油である。蝋と油の調合具合によって、固さを変える。蝋が多ければ、昔のチック(固形)のように、油分を多くすればポマード(グリース状)に、さらに油分を増やせば、歌舞伎俳優の化粧下(オイル状)になる。

ほど良い固さの鬢付け油で、つけ髷をハゲ頭に固定して、公の場に臨む。それが炎天下や暑い日だったら、鬢付け油が溶けてくる。衆人の前で髷がぽとりと落ちる、そう危惧したら耐えられないだろう。
「暑いころなどは(中略)鬢付け油はたらたら溶ける、つけ髷はゆるむ、何ともいえない厭な気持ちだった」(前出)。

19世紀、江戸時代後期のころの話だ。
「武家の女性」の一文から、当時つけ髷なるものが存在していたのが知れる。
明治になって日本を訪れたイザベラバードの著述(「日本奥地紀行」)には、地方の町で簪、笄、鬢刺し、タボ刺しなどの小道具を売る店の紹介があり、江戸時代から明治中頃までは、髪飾りが庶民に普及していたことがうかがえる。

ハゲの武士、明治維新になって断髪令が出され、さぞ安堵しただろう。

丘圭・著