家族の髪を結った嫁

江戸時代、自分の髪は自分で結うのが女性のならいだ。当時は、裁縫と結髪は嫁入りの条件だった。

12、3歳になると一人で結う稽古を始め、同じような年頃の娘がいれば、お互いに結い合いをして、人の髪も結えるように練習を積んだ。
結婚をすると、丸髷を自分で結う。最初は、唐人髷、銀杏返しを稽古し、習得すると丸髷、島田に取り組んだ。

丸髷や島田髷を人前にでても恥ずかしくないように結うには相当、稽古しないといけない。
「髪を結ったり、ほどいたり、腕がだるくなるまで稽古した」(「武家の女性」山川菊栄)。女性は大変な苦労をして、結い髪の技を身につけた。

結婚すると、亭主の髪も結う。月代を剃って、丁髷を結うのだが、女性の髪にくらべると簡単だ。ただ、武家は髻をきつく結う必要があり、力がいる。武家は武術の稽古をし、激しく動くので髻をきつく締めないと、ほどけてザンバラ髪になってしまうからだ。
武士の髷は鬢、タボがひっつめになっている。これは解けないように髻をきつく結うからだ。その点、商家や農家は、ほどほどの強さで結えば解けることはない。商家の旦那や、そこに働く番頭や丁稚の髷は鬢、タボが厚い。

子供ができれば芥子頭など、子供のために髪を剃り、結う。女の子は、12、3歳までだが、男子は元服を過ぎても嫁を娶るまでは結っていたようだ。

*この稿は、「武家の女性」(山川菊栄)をベースにしている。江戸時代後期の水戸藩が舞台である。一口に江戸時代といっても前期、中期ではまた違った状況だったろうし、地域によっても状況は違う。

丘圭・著