髪結のイラスト 「幕末日本探訪記-江戸と北京」より

幕末から明治にかけて、多くの外国人が日本を訪れ、何人かは探訪記を残している。
中には日本の政治や制度などを紹介している記述があるが、その多くはケンペル(ドイツ人医師)の「鎖国論」、シーボルト(同)の「日本」「日本植物誌」「日本動物誌」、ツンベルク(スエーデン人、博物学者)の「日本植物誌」「日本動物誌」、またゴローニン(ロシア人、ディアナ号艦長)の「日本幽囚記」など江戸時代後期にかけて出版された書物を下敷きにした叙述がみられる。
それらの書物に触発されて日本を訪れた人も多くいたようだ。

「幕末日本探訪記-江戸と北京」より
「幕末日本探訪記-江戸と北京」より

日本と清国の両国がワンセットになって、清国を経由して日本を訪れる人も多く、日本と清国の違いを記述した文章も多い。両国の国情の違いや、住人らのふるまい、生活環境などについても触れられているが、英国・仏国の侵略にあい、国が乱れていた清国より、日本に好意的な叙述が多い。
そして、日本といえば当時から、フジヤマ、芸者ガールが外国人を引きつけるキーワードだった。

ロバート・フォーチュンという英国王室の園芸学者が著した「幕末日本探訪記-江戸と北京」(1863年/文久3年、発行)という書物がある。
英王室の意向でプラントハンターとして日本にやってきたのだが、園芸や農業の歴史に興味のある人にとっては参考になる書といえそうだ。
また、この人の叙述は先入観にとらわれず、客観的に書いており、好感が持て信頼性もある。

以上、前段が長くなったが、この「幕末日本探訪記-江戸と北京」に、髪結のイラストが載っている。文章とは何の関係なく挿入されているのは不思議だ。
同書のイラストは、著者に同行したバートン氏とディクソン博士が描いたことが、前文で紹介されているが、どちらが描いたのかは不明。

このイラストで、月代の大きさと髷のボリュームの関係がわかるので、ここに紹介した。つまり大月代にすれば毛量が少なくなり、髷は細く小ぶりになる。単純なことだ。ただし江馬務の「日本結髪全史」に描かれた図をみると、例外もある。

このイラストは、後頭下部に厚み(タボ)を持たせていないので、武家の小銀杏髷と思われる。本多髷と称される髪形は、いろいろな形状のものが多数あるが、その中の一つに近いようだ。

余談だが、ロバート・フォーチュンは、プラントハンターとして清国の茶葉を当時、英国の植民地だったインドに移植した人として知られる。それまでは清国から購入していたが、アヘンで支払っていたため戦争が起こったのは知られている。

丘圭・著

参考資料:「幕末日本探訪記-江戸と北京」(ロバート・フォーチュン、三宅馨・訳、講談社学術文庫)ほか