「ハレ」と「ケ」

「ハレ」と「ケ」という言葉があります。
「ハレ」は特別な日、特別なこと、非日常。これに対し、「ケ」は日常、普段などの意味合いで使われています。

この「ハレ」と「ケ」は、民俗学者の柳田國男さん(明治8年・1875~昭和37年・1962)によって、注目された概念ですが、服装などとともに髪型も「ハレ」と「ケ」によって変わることから、喜田川守貞さんも「近世風俗志」で触れています。

守貞さんは、「ハレ」は、「晴」、あるいは「礼晴」という字をあてています。時には「式礼」とも書いています。
「ケ」は、「褻」、あるいは「略褻」という字をあてています。江戸時代に広く使われていた表記なのか、頭脳明晰な守貞さんが独自に考案した当て字なのかは不明ですが、意味合いに相応しい表記だと思います。ちなみに「褻」はケ(訓読み)のほか、セツ(音読み)とも読み、褻衣(せつい)と書いて普段着のこと、と辞書にあります。

服装、髪型は、「ハレ」と「ケ」によって変わります。また、武家と平民など身分によっても、違ってきます。
江戸時代、武家は正式な場では、折り烏帽子などを被ることはあっても、髷そのものは大きな変化はなかったようです。
女子のほうが、「ハレ」と「ケ」での差があったと思われます。庶民の女子は、普段は垂らし髪か、髪を上げて布で包むか、笄で止めただけの簡単な髪にしていました。「ハレ」のとき、差しものや小枕を入れて華やかな髷にしていたのでしょう。

ただ、遊女らは普段から高島田髷などに結い飾り櫛や簪、長大な笄を刺していました。これは彼女らの住む世界が普段とは違う「ハレ」の場だった、と理解すべきでしょう。

いまに伝わる装飾性の高い日本髪は、「ハレ」のときのものだったと思います。

丘圭・著