江戸っ子の派手好みと本多髷

江戸っ子というと、威勢がよくて、喧嘩っ早い。人情味があって面倒見もいい。同じ長屋の住人、八さん、熊さんとはひと味違う、そんなイメージを持っていましたが、どうもこれは買いかぶりのようです。

三田村鳶魚さんが描く「江戸ッ子」によると、江戸っ子の性根を最も表しているのは、半彫りの入れ墨だといいます。江戸っ子には入れ上がった入れ墨をしている者がほとんどいなかったそうです。輪郭線の墨だけ、あるいは一部だけで終わっている中途半端な入れ墨ばかり。理由は、苦痛に耐えられない根性なしだったのと、銭が続かずに途中でやめざるを得ない貧乏人だったからです。鳶魚さんは、両方を備えた根性無しの貧乏人が江戸っ子だ、といってます。

べらんめえ調の威勢のいい江戸言葉をまくしたて、すぐに喧嘩腰になるが、どこか腰が引けている。つまり、いつでも逃げ出せる体制で喧嘩を売るのが江戸っ子です。田舎者とみるや馬鹿にし、将軍様の威光を借りて上水道の水で産湯に浸かったことを自慢するけど、大家には平身低頭、まったく頭が上がらない。八さん、熊さんと同様、まず読み書きはできない。
貧乏人のくせに見栄っ張りで派手好み、中には借金こさえて、女房・娘を遊女屋に売り飛ばす輩も。鳶魚さん描く江戸っ子は、どうしようもない人たちです。

鳶魚さんの江戸っ子は、神田っ子、芝っ子をあげ、神田から芝までと限定的に定義しています。本小田原町の、魚河岸あたりの江戸っ子がしたのが、中剃りを大きくし、髷を極細にした多種の本多髷です。これらは異様に派手で人目を引きます。辰松風、文金風、それに続く団七、疫病、金魚などの本多髷です。これらの異形の髷の多くがいまに伝わります。
当時の江戸でも珍しい髷だったのでないかと思います。

いまでいうならモヒカン、リーゼントの類です。目立つヘアスタイルは、後世に伝わるものです。そして、当時はこんなヘアスタイルを多くの男性がしていた、となるのです。いまなら映像の情報が溢れていてそななことはありませんが、江戸時代、絵師はとりわけ特異な髷を描き残したのではないかと思うのです。

丘圭・著