江戸時代初期に創業した柳屋

化粧品会社は多数ありますが、江戸時代から続く会社は極めて少ないです。なにも化粧品会社だけに限ったことではありませんが、、、

柳屋(柳屋本店)というヘアトニックなどを主に製造販売している会社が日本最古の化粧品会社といわれています。

もともとの祖は、呂一官という明の人です。徳川家康が大好きな薬草に詳しく、なおかつ海外事情にも詳しいことこら、戦国時代末期、天正12年(1584)ころから、家康の外交相談役、薬草相談役のような役目をしていたといいます。当時は浜松に居を構えていましたが、江戸に移った家康に招かれ、天和元年(1615)江戸・日本橋に転居しています。天和元年は、大坂夏の陣があった年です。

日本橋に移ってからは、一官はじめその子孫らが紅や香水を製造販売したといいます。紅・香水の製造は、当時は京や大坂が中心だったはずですので、浜松出身の業者は珍しい。

文化元年(1804)、近江商人の外池宇兵衛が買収した、と柳屋本店のホームページにありますが、一説には文化5年(1808)、外池五郎三郎ともいいます。外池宇兵衛と外池五郎三郎は同一人物のようです。

柳屋本店のホームページでは、2015年を創業400年としています。呂一官が江戸に移って紅・香水の製造を始めたときを創業としています。

柳屋といえば、ご年配の方はポマードを思い浮かべると思います。柳屋がポマードを発売したのは大正9年(1920)です。ただし爆発的に売れたのは戦後になって、リーゼントヘアが流行してから、と同社のホームページにあります。

ポマードといえばチック、こちらは丹頂チックが有名です。丹頂チックを製造販売したのは金鶴香水という会社で、この会社は昭和2年(1927)の創業です。丹頂チックの製造販売を始めたのは昭和8年ですが、売れたのはやはり戦後になってからのようです。昭和34年(1959)に金鶴香水から丹頂に社名変更しています。さらに昭和46年(1971)マンダムに変更しています。

ちなみに資生堂は明治5年(1872)、花王は明治20年(1887)、ポーラは昭和4年(1929)、コーセーは昭和21年(1946)が創業です。

丘圭・著