髪結職が使う鋏

鋏は、理美容師さんにとって、なくてはならない道具ですが、髪を切る以外にも、布を裁ったり、紙を切ったり、樹木を剪ったり、人の生活になくてはならない生活道具です。いつごろから髪を切るのに使われていたのでしょうか?

平安王朝の時代に行われていた鬢批ぎ式で、使用する道具の一つとして「髪鋏」の記述があります(『滋草拾露』ほか)。鬢批ぎ式というのは、夫になる男性が、妻になる女性の鬢を批ぐ儀式で、『源氏物語』にもあります。

調度品の一覧に記載されているのですが、「髪鋏」のほかに、「たかむな刀」という削ぐ道具(小刀)の記載もあります。「髪鋏」で髪を切ったのか、それとも髪を「挟む」ための道具だったのか迷うところです。日本の言葉は時代によって、同じ言葉でも意味が違うことが多々あるからです。

鋏そのものは、ギリシア、ローマの時代にすでにありました。ギリシアの鋏は、いわゆる握り鋏で、ローマのは開閉鋏です。握り鋏は、いま裁縫などで使う、支点が端にある鋏です。開閉鋏は支点が中央にある、普通に使われている鋏です。

日本にはアジア大陸を経て、鋏が伝わったといいます。平安時代の『和名類聚抄』に「波左美」の名で裁縫具として紹介されています。それより前、古墳時代には、珠城山古墳(奈良県)に握り鋏の出土品があり、かなり古くから日本に伝来していたのがわかります。

鎌倉時代、北条政子が化粧用に使った鋏が鶴岡八幡宮にあります。この鋏は、後白河法皇が源頼朝に贈ったとされる、握り鋏です。また徳川家康にポルトガル人が献上した鋏が久能山東照宮に伝わっていて、これは開閉鋏です。

室町時代、当時興った生け花や庭園の庭木の剪定するために鋏が使われていました。この鋏は開閉鋏で、硬いものでも切れる、ひぞこやひねりがあります。また、枝木のように丸い形状のものでも滑らずに切れる柳刃になっています。これを応用すれば、硬くて丸い髪の毛も切れそうです。

江戸時代、髪結床の職人や女髪結は鋏を使っていたのでしょうか。
江馬務さんの『日本結髪全史』では、式亭三馬の『浮世床』を引いて、「…大きな鋏で髷先を切り揃え…」と、髪結床の仕事ぶりを紹介しています。
江戸時代の後期の江戸では、髪結床は大きな鋏を使っていたようです。

生活になくてはならない鋏ですが、髪を切る鋏は布や紙を切るのとは違います。硬くて丸い髪は、一般的な家庭用の鋏では逃げてしまい的確なカットはできません。いまの理美容師さんは、繊細なカットをするために小さめの鋏(ミニシザーズ)を使うことが多いのですが、その鋏は最高級の材質を使い、物理学的に計算された形状に加工されています。当然、お値段も驚くほど高価です。

さて、前述の「髪鋏」ですが、鋏の可能性が高そうですが、手元にある史料だけでは判断ができないのが正直なところです。

丘圭・著