お歯黒

髪結とは直接関係ありませんが、江戸時代の女性風俗の一つとしてお歯黒があります。このお歯黒、古来からの日本の風習でした。

『山海経』という紀元前4世紀から3世紀ごろにかけて著された中国の地理書に、「東海に歯黒国あり。その俗、婦人は歯悉く黒く染む」とあります。
古墳からもお歯黒をした形跡のある遺骨が出土しています。衣服や髪型は大陸伝来ですが、お歯黒は古来よりあった日本の習わしです。

平安時代には、宮廷女房の成人儀式としてお歯黒が行われ、その後男性貴族にも広がりました。平安時代後期、栄華を誇った平家の侍は貴族化し、お歯黒にしていたといいます。

江戸時代、お歯黒は結婚した婦人の風習として一般女性に広く行われました。もっとも、地域によっては若い未婚女性もお歯黒にしていたし、未婚の女性でも歳のいった女性はお歯黒にしていました。

どのようにしてお歯黒にしていたかというと、鉄を濃い茶や酢に浸し、粥などの炭水化物を加え、「鉄漿」という酸化鉄の溶液を作り、さらに歯に付着させるためにタンニンを多く含む五倍子(ふし)の粉を加えて混ぜて作り、歯に塗ったのです。
これは江戸時代のお歯黒の仕方です。『山海経』の「歯黒国」のお歯黒はどのようにして染めたかは不明です。

お歯黒には、虫歯予防や歯槽膿漏予防の効果があるといいます。また女性の出産後に起こりやすい歯質の劣化を防ぐ効果もあるといいます。薬用面からもお歯黒は価値ある風習です。

このお歯黒、明治になって、断髪令と同時期にお歯黒禁止令が出され、廃れました。しかし慣れ親しんだ風習だけに、男子の丁髷と同様、時間をかけてゆっくりと廃れました。明治後期にもお歯黒の女性がいたといいます。

丁髷は明治天皇が断髪して急速にザンギリ頭にとって変わられましたが、歯科予防の効果のあるお歯黒は、もしかしたら明治23年に登場した日本初の練り歯磨き「福原衛生歯磨石鹸」の発売がお歯黒離れを加速させた、かもしれません。この歯磨石鹸を作ったのは福原商店、いまの資生堂です。

丘圭・著