笄という名の武具

笄は簪、櫛とともに江戸時代を代表する頭飾品である。簪は江戸時代になって笄から進化したものだが、笄と櫛は古くからある。

笄(上)と櫛。笄は髪をまとめるための道具として古よりあり、鷺などの大型鳥の足の骨などが使われていたらしい。櫛は鋭利な刃物が歴史に登場してからになる。写真はいづれも江戸時代のもの(杉野学園衣装博物館蔵)
笄(上)と櫛。笄は髪をまとめるための道具として古よりあり、鷺などの大型鳥の足の骨などが使われていたらしい。櫛は鋭利な刃物が歴史に登場してからになる。写真はいづれも江戸時代のもの(杉野学園衣装博物館蔵)

その笄には、同名の武具がある。太刀の鍔に差し込み、衝撃で刀身が抜けるのを防ぐための小道具という。

この笄、先が細身になっていて乱れた髷を整えたり、また尖っ先で頭を掻いたりするときにも使う。柄の端は小さなスプーン状になっていて、耳掻きや粉薬をすくう時に役立てるともいう。
笄の用法については多くの解説本がこのように書いている。これでは、武具といっても、太刀の付属品に過ぎない。

しかし、「武士の娘」(杉本*子、エツコ)という幕末に生まれた女性が書いた伝記に、古の武士の戦場で使われた笄のことが紹介されている。
…太刀の鍔に納めれば鍵となり、耳掻形の先は印籠中の薬をすくうために用い、又腹合に作られた笄は野営の折りの箸となり…、
とここまでは、解説本とほぼ同じだが、
…戦場や、退却の折には瀕死の重傷に苦しむ敵や戦友の踝(くるぶし)の動脈を刺して(死を与える)情の業にも使われました。…
また、一騎打ちで殺害した相手の足頸にこの笄を真っ直ぐに刺し残して置くと、仇討の帰来を待つ、という意味合いがあったという。笄には家紋が印されていからだ。

この一文を読むと笄がれっきとした武具であることがわかる。しかもかなり万能な武具として使われてたようだ。
ちなみに、この著者は笄を刃を潰してあると紹介しているので、笄と同様に使われた小柄(こづか)と混同していない。

江戸時代、武士道はそうとう変質してしまったが、武士道とは結局のところ、相手に対する尊崇の念といえる。戦場でまみえても個人的には何の恨みつらみもない。敵も勇者なのだ。そして、その相手に対する至高の礼は、できるだけ苦痛を与えずに殺害することにある。武士の剣は即死を目指している。

左・上は小柄、その下が笄。笄の左端は小さなスプーン状になっている。左は太刀に取り付けたところ(上杉家蔵)
左・上は小柄、その下が笄。笄の左端は小さなスプーン状になっている。左は太刀に取り付けたところ(上杉家蔵)

笄は、その武士の作法に必須の、小ぶりながらも立派な武具といえる。
この武具が笄といわれる理由は諸説あるが、やはり形状が似ているため、と推察するのが自然だろう。
もともと汎用性のある笄が、江戸時代になって、髷を直したり、頭を掻いたり、に使われるようになった。

*金ヘンに成、という字。

丘圭・著