江戸の町医者は坊主頭

江戸時代、医者は学者らと同様に月代せずに総髪にしていたと紹介するガイド本が多くあります。しかし江戸の町医者の多くは坊主頭でした。

『教草女房形気』より

江戸時代とひと口にいっても、265年もあります。しかも、半独立国家的な存在の藩が200以上ありました。風俗・風習は地域によって違いますし、時代とともに変わっていきます。

江戸で総髪に短い髷を結った医者は、古方家(こほうか)といわれる流派の医者だけだった、といいます。もっとも古方家の医者の数が江戸市中でどのくらい占めたのかは不明です。圧倒的に多いのでしたら、医者は総髪に髷が普通、ということになります。

古方家という流派は、宋以降に起こった中国の病埋論、薬理論に対して批判的で、古の聖人が行った医学をいまに再現する流派といいます。
江戸時代、医者になるのに資格や試験などありません。なろうと思えば誰でもなれました。患者が来る来ない、病気が治る治らないは、実力次第、運次第です。
江戸の医者の中には古方家の医者もいたでしょうが、古方家以外の医者も多くいたとするのが妥当なようです。

ということで、江戸では、多くの医者は坊主頭にしていました。

丘圭・著

*掲載した絵は、往診先で薬を調合する町医者の図