江戸の歯磨き粉の原料は、砂と塩

前回、江戸の歯磨きは口臭防止が目的の一つであることを紹介しましたが、今回は歯磨き粉について紹介したいと思います。

塩で歯を磨くのは戦国時代には行われていました。ただ一般庶民が歯磨きを習慣にするようになったのは江戸時代中期・後期からです。歯磨き粉に使った材料は、塩のほかに砂も使いました。

砂は微細な砂です。江戸では房州の砂が利用され、水飛という作業を経て微細な砂だけを採取し、それに竜脳、丁字などの香料を加えて歯磨き粉にしました。本草学者の佐藤成裕さんの随筆『中陵漫録』(文政9年、1836)によると、房州砂は薩摩の砂や備中の砂で作った歯磨き粉より優れている、と書いています。この時代、各地で砂を材料とする歯磨き粉が製造されていたのがわかります。

塩の場合は、戯作者の滝沢馬琴さんによると、ハマグリの身を取り、一方の貝に塩をもう一方の貝に飯を詰め、これを焼いたあと細かく砕いたものを歯磨き粉として使う、などと紹介しています(『燕石雑志』文化6年、1809)。江戸時代後期、有名だった歯磨き粉に「松葉塩」がありますが、これは松の実と塩を焼いて砕いたものといいます(『燕石雑志』)。また、薬効が高いとされる、植物のはこべと塩で作った「はこべ塩」という歯磨き粉もあります(『和漢三才図会』正徳2年、1712)。

江戸時代後期、多くの歯磨き粉が作られ売られています。しかし、その多くの製法は不明です。なかには怪しい商品もあります。販売方法も薬種を扱う店から大道芸での販売と様々です。

どのくらいの歯磨き粉があったか、列挙すると(カッコ内は販売者・店です)
大明香薬砂(丁子屋喜左衛門)
丁字車(岩井粂三郎)
清浄散(井口薬種店)
東菊(逢坂屋一郎)
箱入御はみがき(式亭三馬)
匂ひ薬歯磨(尾上菊五郎)
乳香散・梅見散・松葉塩(兼安祐玄)
団十郎歯磨(瓢箪屋次郎左衛門)
固歯丹(小野玄人)
梅香散(紀伊国屋長右衛門)
梅勢散(百眼米吉)
丁字屋の歯磨(為長春水)
はこべ塩・乱香散(兼安祐悦)
近清香(松井源水)
清涼歯磨粉(長井兵助)
粋興散(今戸福井店)
これらの史料は『江戸の化粧』(平凡社新書、渡辺信一郎)から、ネットでの文字表記が可能なものを拾い出しました。

このほか、匂ひ歯磨はんごんたん など大道芸で売られていた歯磨き粉もあり、いかに多くの歯磨き粉があったがわかります。
この一覧を見ると、兼安などの薬種店に混じって、式亭三馬や尾上菊五郎などの名前があります。その訳はまた別稿で。

丘圭・著