お歯黒の話し

江戸時代、嫁いだ女性はお歯黒にしていました。江戸では19歳になると嫁がなくてもお歯黒にする風習だっといいます。お歯黒にする年齢は土地によって違いはありますが、大人の女性、嫁いだ女性はお歯黒にしていたのが江戸時代です。

お歯黒の風習は、いつごろからあったのかは不明です。
喜多村信節さんは『嬉遊笑覧』で、平安時代に編まれた『和名杪』に、中国の『山海経』を引いて、「歯黒国が東海にある」と紹介しています。東海は日本列島。山海経は紀元前4世紀から3世紀の書とされています。縄文時代にはお歯黒の風習があったことになりますが、実際のところは不明です。

喜多村信節さんは同書で、平安時代後期の『堤中納言物語』に収められた「虫めずる姫君」や、同じく平安時代後期の『とりかえばや双子』にお歯黒に関する記述があることを紹介しています。平安時代にはお歯黒の風習は広く行われていました。

お歯黒はカネ(漢字で、鉄・将の下に水の二文字)を付けて黒くします。カネは、米くずと古鉄を水に漬けて作ります。夏場は3日ほど、冬場は7日ほど漬けると鉄汁がでて、これを使います。味はわずかに甘みがあります。歯につけるには、まず五倍子(ふし)の粉を歯に塗って、カネを房楊枝で歯につけます。これは江戸時代の百科事典、『和漢三才図会』(正徳2年、1712)の記述によります。

お歯黒は真っ黒につけるのが理想ですが、カネの出来具合や歯の質、五倍子の加減などによっては、カネののりが悪く、は不満足な状態に染まることもありました。カネののりが悪い女性は、亭主が飲み残した酒や、江戸時代にひろまったタバコの吸い殻をカネの中に入れたり、塗り終わったあとタバコを吸ったそうです。
「黒染の上がり煙草でつやを付け」(『俳風柳多留』56編8丁)という川柳もあります。

飲み残しの酒にタバコ、その効果のほどはわかりませんが、これ以外にも怪しげなまじないもどきの行為をして、お歯黒にしていたのが川柳から知られます。

もっとも娘が生まれて初めてお歯黒にするのは恥ずかしかったようで、
「恥ずかしさ渋うい粉を初に舐め」(『川柳評万句刷』/安永6年礼8丁)
お歯黒にすると人相がが一変し、ためらいがあったようです。またこの川柳から、五倍子の味が渋いのがわかります。

このお歯黒、断髪令や帯刀禁止令の出された明治4年に禁止されています。ところが、慣れ親しんだ風習はなかなか捨て去り難く、男子の丁髷と同様、明治20頃までお歯黒にしていた女性がいました。
21世紀のいま、江戸風俗を再現するイベントでお歯黒にした女性を見ましたが、正直なところ不気味でした。

江戸時代を舞台にした時代劇に登場する女性はお歯黒にしていません。美しい奥方を演じる女優さんがお歯黒では台無しです。
月代を見てハゲを連想する若い人が増えているそうです。若い武士を演じるイケメン俳優がハゲではやはり台無しです。時代劇で月代が消えるのもそう遠くないかもしれません。

丘圭・著