大正期の洋髪、日本髪の比率

考古学という学問は馴染み深いですが、「古」ではなく現在を考証する「考現学」という学問があります。作家の赤瀬川原平さんらの「路上観察学会」はその流れをくむそうです。

考現学を提唱した民俗学者の今和次郎さん(日本生活学会会長、日本建築士会会長)が大正期に大坂と東京で、日本髪と洋髪の比率を調査しています。

【大坂・心斎橋】
洋髪34%
束髪22%
日本髪44%
(大正12年)

【東京・銀座】
洋髪42%
束髪27%
日本髪31%
(大正15年)
(今和次郎、岩田浩太郎両氏による調査)
束髪は、明治18年に提唱された髪型ですが、基本はアップの結髪なので、広義の日本髪といえます。

場所も実施年も違う調査ですが、大正末期の都会地では洋髪化が進んでいたのがわかる、貴重な資料です。大正期にはマルセルアイロンの技術が導入され、耳かくしなどの洋髪が普及しました。

心斎橋と銀座、当時から日本を代表するおしゃれな繁華街です。その街を行きかう女性の3、4割が洋髪です。地方や農村部は心斎橋や銀座ほどは洋髪化は進んではいません。
この調査、洋髪が目立ち始めたので行なわれた調査だと思われますが、全国にならしたら洋髪をしている女性は、1、2割り程度でしょうか?

江戸時代に結われるようになった日本髪は、明治維新後も日本女性の髪型として定着していました。大正期ごろから洋髪に押されはじめますが、戦前まで多くの女性がしていたのが日本髪です。

丘圭・著