結髪に苦労した縮れ毛の女性

日本髪は、直毛を前提としている。欧米人のように縮れ毛やカールした毛では綺麗な面がでないし、後れ毛の処理も難しい。
日本人は直毛である。が、まれに縮れ毛の人もいる。日本髪が広く結われていた江戸中期から明治・大正時代、縮れ毛で悩んだ女性はいる。

日本人は、プロトモンゴロイド(古モンゴロイド)とネオモンゴロイド(新モンゴロイド)が色濃く混血した民族で、ネオモンゴロイドの朝鮮民族や漢民族とは違う民族といわれる。
プロトモンゴロイド・ネオモンゴロイドでは、二重まぶた・一重まぶた、耳垢が湿っている・耳垢が乾いている、体毛は多い(濃い)・体毛が少ない(薄い)などの差異があり、プロトモンゴロイドのDNAを強く受け継いだ人は縮れ毛が出やすいようだ。

日本髪が結われていた江戸・明治時代、縮れ毛は獣を連想するとして忌み嫌われ、縮れ毛の女性は少しでも縮れ毛を隠そうとした。
クセを直すには、髪を強く引っ張る必要があるし、直っすぐにした毛を保つには粘度の強い鬢付け油を使う必要がある。

大正14年に出版された「武士の娘」(杉本えつ子・著、米国・ダブルデー・ドーラン社・刊)に、著者は幼少期の思い出を書いており、大変な苦労をして髪結さんに結ってもらった髪も、すぐに台無しになり悲しい思いをしたことが記されている。

「…髪を洗ったあと、すぐに髪結さんは熱い美男葛(びなんかづら)を浸したものと、固い伽羅油を私の髪にしみこませ、ぎゅぎゅう後に引っ張り、しっかりと結わえておくのでした…私の毛はこわばり、眉はつり上がり…」とこんな苦労して、髪型を損なわないために箱枕で寝ても翌日になると「襟足にはこまかい巻き毛があらわれ、髷には怪しげな波が打っているのでございました」

著者が幼少のころの話で、明治13、4年ごろのことと思われる。結った髪は少女がする稚児輪髷。縮れ毛に難儀し、また辛い思いをした著者だが、後年米国に渡ると、まわりは縮れ毛、カール毛の人ばかりで、縮れ毛の悩みも一挙に解決したのだった。

縮れ毛は忌み嫌われる、と前述したが、世の中には無い物ねだり、目立ちたがり屋の人がいるもので、江戸後期に書かれた「守貞謾稿」という江戸時代の風俗を記した書物に、天保年間(というから、書かれた時代から一世紀ほど前になる)に竹をあぶり、加熱して髪に当ててウエーブを出した風俗を紹介している一文がある。ただし、加熱し過ぎれば髪は断裂するし、熱し加減が難しかったためか、広まることはなかったようだ。

丘圭・著

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