江戸の髪結床は一本差し

前回、髪結床が町の自治の一部を担っていたことを紹介しました。年代、地域によって、その役割はいろいろありましたが、江戸の町では自身番や木戸番の近くに髪結床がありました。

木戸番はいまでいう交番+コンビニみたいなもので、町内の治安を守るとともに身近な物品を販売していました。自身番、木戸番は町の入口である木戸口にあり、床屋はその向かいが指定位置です。町内への不審者の見張り役なので、町の入口で営業したのです。

また、収監するほどではないにしろ素行のよろしくない浪人や町人を「床屋預かり」として更正する役割もあり、床屋の親方は、町の顔役的な存在でもありました。
「生類憐れみの令」の5代将軍・徳川綱吉は犬公方として悪名高いのですが、その一方で捨て子の禁止などをすすめ、博愛の風を広めたことで近年再評価されています。町内に捨て子や迷子がいた場合、町役と相談しながら床屋で預かり育てることもあったようです。

そんな重要な役割を担っていたことから、武家の二本差しに対し、床屋は一本差しの帯刀が許されていました。また武家と同様、渡船賃を払うことなく乗船できるなど優遇されていました。

髪結床の奧には待合があり、そこには将棋盤や囲碁盤、また洒落本や「わ」印の浮世絵が置かれていて、大人の社交場であったことは以前にも紹介しました。さらには床屋が監視役だったことを逆手にとって、床屋の奧での賭場の開帳も行われたらしい。いづれにしても髪結床は江戸の大人たちのワンダーランドであったのは間違いありません。

これだけの環境が揃っていれば、髪結床を舞台にした時代小説、床屋の親方を主人公にした時代小説があってもおかしくありません。

以上は江戸の町の髪結床事情です。

丘圭・著