鬢付け油と日本髪

髪型と整髪料の関係は深いものがあります。
日本髪の場合、鬢付け油が日本髪の発展に深く関わっています。

鬢付け油が登場する前には、サネカズラ(学名:Kadsura japonica、ビナンカズラともいう)や米のとぎ汁、植物油を綿に染み込ませた油綿などが、毛髪に光沢を与え整える整髪料、養毛料として利用されていました。

サネカズラは奈良時代には利用されていたのが万葉集などからわかります。茎の樹皮を剥がし、そこから出るヌメリのある樹液を髪に塗っていました。サネカズラは江戸時代になっても、鬢水と呼ばれ、広く使われています。

米のとぎ汁は、洗髪料、整髪料として使われていたのが源氏物語などでわかります。これも江戸時代になっても使われています。油綿も平安時代から使われ、江戸時代になると椿油や胡麻油、胡桃油、菜種油、枸杞の油などいろいろな植物油が利用されています。

これらは整髪力は強くはありません。整える程度です。しかも、近世以前は高貴な人しか使えない貴重なものでした。

整髪力のある材料としてまず登場したのが木蝋と松脂を混ぜて練りもので、鬢付け油の元祖ともいえます。16世紀なかごろ戦国時代になって髭をたくわえる武将が、髭を形付け整えるために使ったといいます。松脂だけでは扱いにくいので木蝋と混ぜることを思いついたのかもしれません。

松脂に代わって植物油を使い、木蝋を混ぜて作ったのが鬢付け油です。木蝋と植物油の配合具合で硬さが変ります。木蝋が多ければ固く、植物油が多ければ柔らかくなります。
日本髪に使われた鬢付け油は常温では固形です。それを手にとって体温で温めると融けます。手で融かした鬢付け油を髪に塗り櫛で整えます。鬢付け油は常温になると固まり、髪を固定します。

整髪力の弱いサネカズラ、米のとぎ汁、油綿では髪を固定することはできません。日本髪は鬢付け油が登場して、いろいろな髪型ができるようになります。

さらに指し物や小枕などの小道具、かもじなどを利用することで、技巧を凝らした、多様な髪型が生まれます。鬢差しやタボ差しの指し物を使うにも鬢付け油を使います。髪の面を出すために土佐紙に髪を接着させるためにも鬢付け油は使われています。
鬢付け油があっての日本髪といえなくもありません。

鬢付け油は、戦国時代後期から使われていました。製品化され、庶民に広く使われるようになるのは、江戸は寛永の末(1640年ごろ)です。「花の露」という商標で売り出されています。京では正保・慶安のころ(1644~1652)、「伽羅之油」という鬢付け油が売りされています。
当時の風俗文化の事情を考えると、江戸より京のほうが早く商品化されていてもおかしくありませんが、いまの史料では江戸のほうが古いことになります。
「伽羅之油」は香木の伽羅を使っているわけではなく、当時は高級品の意味合いで伽羅という文言を使っていました。

島田髷、勝山髷などで日本髪が興隆するのは17世紀後半です。鬢付け油が普及しはじめたのと一致します。

丘圭・著