みどりの黒髪

「みどりの黒髪」という言葉があります。「黒くつやのある女性の美しい髪」を意味します。

黒髪が、「みどり」? と不思議に思う人もいるかもしれませんが、「みどり」には、「新しく生まれた、みずみずしいもの」の意味もあります。新芽のイメージです。そこから赤ん坊のことを「みどり子」といったりします。

「みどりの黒髪」は美しい日本女性を表現する言葉です。
平安王朝の時代、宮中の女性は背丈ほどの長い黒髪、垂髪でした。室町時代になると、髪の長さは短くなりますが、宮中行事に際しては、かもじを結んで、髪を長く見せていました。戦国時代から江戸時代初期まで、高貴な女性はストレートの黒髪でした。

それが、江戸時代になると結髪が広がります。「髪結ねっと」でも何回か紹介しましたが、阿国によって、男装する女性が人気となり、髷姿にする女性が増えていきます。遊女が行い、それが庶民の女性にも普及していきます。髪型は歌舞伎の俳優によって、次々と考案され、流行り、廃りも忙しく、多様な髪型が登場します。

江戸中期になると、専門の髪結職が現れ、髪型はより複雑で華美になって、それがまた普及に拍車をかけていきます。庶民の女性の髪型が京都の高貴な女性、また武家の女性にも影響を与えます。

日本髪が盛んになり、長い黒髪の美は日本人の美意識から消え去ってしまったわけではなく、明治になって復活します。その表現が「みどりの黒髪」だったのです。

日本では明治になって使われはじめた「みどりの黒髪」ですが、語源は中国の詩文にあります。
南宋の詩人で政治家の陸游(リクユウ、1125年~1210年)の詩「秋興」(*)に、「綠髮」と謳われています。これが最初との説が有力です。

21世紀のいま、茶髪をはじめさまざまな色のヘアカラーを楽しむ人が増えています。ですが、時代は変わっても、日本人、東洋人の黒髪に対する美意識はなくなることはないでしょう。

(*)「秋興」

成都城中秋夜長
燈籠蝋紙明空堂
高梧月白繞飛鵲
衰草露濕啼寒螿
堂上書生讀書罷
欲眠未眠偏斷腸
起行百匝幾歎息

一夕綠髮成秋霜/一夕(いちゆう)に綠髮(りょくはつ)秋霜(しゅうそう)と成(な)る

中原日月用胡暦
幽州老酋著柘黄
榮河温洛底處所
可使長作旃裘鄕
百金戰袍鵰鶻盤
三尺劍鋒霜雪寒
一朝出塞君試看
旦發寶鷄暮長安

丘圭・著