「女剃師」(おんなかみゆい)

天保年間に江戸の風俗を著した『江戸繁昌記』(寺門静軒、天保3年1832~天保7年1836にかけて出板)に、「女剃師」という表記がみえます。「おんなそりし」ではなく「おんなかみゆい」と読ませています。

床屋は、もともとは「一銭剃り」といわれたように月代剃りが主要な業務で、「剃」という字句が入っているので、男相手の髪結床の女性版、女床と思ったのですが、「巾箱(クシバコ)を抱き、‥‥東西奔走せざるはなし」とあるので、女髪結のことをいっているだとわかりました。

男客相手の床屋は男性の稼業です。江戸では18世紀には公許され、町役として警らなどの業務が賦されました。場所によっては橋番、火災時に奉行所から書類の持ち出しなどの町役もありましたが、いづれも男向きの町役です。

床屋がすべてが男だった可能性はあるのですが、仕事そのものは女にもできる仕事です。一部の富裕層を除き、普段から夫や我が子の月代を剃り、髷を結うのが家庭の妻のならいです。
何らかの理由で、女床として稼業してもおかしくありません。公許としては難しいでしょうが、女髪結同様もぐりで贔屓先を持って廻っていたかもしれません。

江戸時代は300に近い藩があって、藩は独立国家です。幕府領や譜代の藩とは違う民政をしていた藩はあるはずです。
女床は明治後期にはその存在が確認できるのですが、江戸時代にいても驚くことではありません。史料が出てくることを期待しています。

丘圭・著

資料 『江戸繁昌記』(平凡社・東洋文庫)

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