『世事見聞録』にみる床屋

前回の「江戸の床屋」で、床屋が町の自警、公安的な町役をしていたことを紹介しました。それに関連した『世事見聞録』の記述より。

文化13年(1816年)に出版された『世事見聞録』は江戸後期のことを描いています。
経済的に困窮した武士が多い反面、商人の羽振りはよく、妾奉公するにしても武家は疎まれ、商人の囲い者になるのを望む女性が多かったのが当時の妾事情、と『世事見聞録』の著者・武陽隠士さんはいいます。

ある富豪の商人がたまたま通りかかった四ツ谷で団子売をしている女に目が止まり、むかし吉原で馴染んだ遊女に面影が似ていると感じ、宿に帰り「髪結なる男に、その女の住居実否を尋問せしに‥」とあります。

髪結なる男は、その女がむかし吉原町にいたことや、いまはその日稼ぎの夫と子が3人いることなどを調べて帰ってきます。
ここまでなら私立探偵といったところですが、髪結なる男はその女を誘って密会し、依頼主の商人の妾になる話をまとめます。女の条件はいまの夫と3人の子供の面倒を見ることでした。商人は手切れ金3百両で、その女を妾として近くの町に囲った、とあります。ここまですれば、髪結なる男は、交渉人・ネゴシエイターです。

『世事見聞録』は、金にものをいわせ強引に囲い者にする商人の非道ぶりを描いています。ここに登場する髪結なる男は単なる使い走りの狂言回しに過ぎませんが、当時の床屋の一面を描いています。
この床屋、妾を囲った商人宅に出入りしていた廻り床屋と思われます。

町奉行は、前回紹介したようにいろいろな職務があり、町会所担当のほかに廻り同心が捜査、探索などを担当していましたが、やはり人数は少なく、南北の町奉行所合わせて30人ほど。これでは足りません。そこで、同心は町人を手下にしていました。
江戸では、下っ引き、目明しなどと呼ばれる人たちで、時代劇では、岡っ引きと呼ばれることが多い。

町の顔役、やくざ、また賤民の親分などが多く、その中に顔役的な存在の床屋も名を連ねていました。もちろん一握りの床屋です。

下っ引き、目明しは、廻り同心の指示を受けて公儀の仕事もしていましたが、財力のある商人の私的な探偵、交渉人として雇われていていたのが、『世事見聞録』から知ることができます。

なお江戸では、下っ引き、目明しといいましたが、上方では、手先、口問いといったそうです。髪型の名称と同様、同じ髪型でも江戸と上方では呼び方が違うのと同じです。

丘圭・著

「世事見聞録」にみる、百姓の髪結事情
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