甚吉、有馬休六、ヘンリー原

甚吉さん、有馬休六さん、ヘンリー原さん。このお三方は、髪結、美容師として大きな足跡を残した男性です。甚吉さんは、江戸での髪結の祖です(『2代目 山下金作という女形』)。18世紀後期の安永のころのことで、上方に女髪結が誕生してから40年ほど後のことになります。

有馬休六さん(明治39年/1906~昭和40年/1965)、ヘンリー原さん(大正8年/1919~昭和38年/1963)は、昭和の戦前戦後にかけて活躍した男性美容師です。西の有馬休六、東のヘンリー原といわれ、一時代を築き上げた美容師として知られています。

甚吉さんは、山下金作付きの床山に髪結の技を学び、その技を女髪結に伝えました。
有馬休六さんは、租界地だった上海でフランス人のサルベール・アントワさんからフランスで流行している技法を学び、昭和4年(1930)に帰国し、その技を国内の美容師に伝えました。「木曜会」という技術研究団体をつくり、後にここから著名な男性美容師が排出します。

ヘンリー原さんは、ニューヨークのウイルフレッド・ビューティアカデミーで米国の美容技術を習得し、昭和12年(1938)に帰国後、パーマネントからヘアカラー、美顔術、マニュキアなどを行うヘンリー美粧院を青山に開き、人気を博しました。その後、男性美容師の会(士会)を主宰するなどして、多くの男性美容師を世に送り出しました。

甚吉さん、有馬休六さん、ヘンリー原さん、彼らはいづれも一世を風靡した髪結、美容師で、彼らに共通しているのは、男性の視点ではなく、女性の視点で女性の髪を創作していることです。

21世紀のいま、男性美容師は美容師全体の4分の1ほどを占めます。男性美容師が創る女性ヘアは、男の視点で創るヘアスタイルと、女の視点で創るヘアがあります。
女性のの視点で男性美容師が創るヘアは、女性美容師が創るヘアとも、男目線の男性美容師が創るヘアともひと味違う感性があります。

甚吉さんは自分は女と思い込んでいたといいます。ヘンリー原さんの後輩に当たる男性美容師に信竜淳二さんという人がいますが、信竜さんは師と仰ぐ先輩のヘンリー原さんの話し言葉をまねてオネエ言葉を話したそうです。この信竜さん、サングラスがトレードマークでしたが、あるときコケてサングラスが外れたら、アイメイクをしていて驚いたという著名美容師さんの話を聞いたことがあります。

女性の視点で女性へアを創作する男性美容師は特異な才能を発揮する、貴重な存在なのかもしれません。

丘圭・著

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