江戸の毛生え薬

誤って指に触れれば指に毛が生える、そんな毛生え薬が江戸時代にありました。『都風俗化粧伝』に、「薬を付けるは箆(ヘラ)にて付くべし。指にて付くべからず。もしあやまって指にて付くるときは、その指に毛を生ず。」とあります。

さらに「この油、外(ほか)の身に落つれば、落ちたる所に髪を生ず。大切にすべし。」と続きます。

かなり大袈裟な表現で、いまなら誇大広告の事例として、広告ガイドラインの説明書などに紹介されそうです。
『都風俗化粧伝』通りの効能ならば、薄毛に悩む人にとって、こんなありがたい毛生え薬はありません。ノーベル賞を通り越して、危険物間違いなしです。

『都風俗化粧伝』には、この毛生え薬の成分と製造法が紹介されています。
ビャクジ、シンショウ、センキュウ、マンケイシ、レンリョウコウ、フシ。
レンリョウコウは香料として配合されていますが、これ以外は、鎮静効果や刺激性がある生薬です。マンケイシは単品としても、「髪を長く、黒くする効果がある」と『本草綱目』にあります。

こららの生薬を、「きざみて絹の袋に入れ、胡麻の油に二十日ひたし、はげたる所に付くべし」と、二十日間胡麻油に浸して、効能成分を抽出して使用すると書かれています。

これらの成分のうち、フシは、トリカブトの根で、末梢神経を刺激し、血流を促進することで発毛を促す効果があります。ですがフシには猛毒として知られるアルカイドが含まれています。その毒性は高く、人を死に至らしめることもあり、以前(昭和61年1986)、トリカブト事件といわれた保険金殺人事件が起きています。

誤って指に触れれば指に毛が生える。江戸時代には当たり前のようにあった誇大広告の一つとして片付けてしまうほど単純ではありません。注意喚起の意味合いもあっての誇大表現だった、と東洋文庫版『都風俗化粧伝』版で高橋雅夫さんは指摘しています。

丘圭・著

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