流行を担った女髪結

江戸時代は身分社会です。前回、前々回で紹介した非人は最下層の身分です。蓬髪(ほうはつ)姿の非人は床屋に行くことが禁じられていました。もっともザンギリでは江戸の床屋も困るでしょうけど。

穢多・非人と一括りでいいますが、穢多身分の人は床屋通いはご法度ではありませんでした。穢多と非人の中間に位置する猿回しは史料が少なく不明ですが、髷を結っていたと思われます。

江戸時代の身分制度は、士農工商です。武士を頂点に、武士を経済的、賦役で支える農民が重要視され、以下、工商と続きます。人口構成的には農民が8割強、武家が7%程度で、圧倒的に農民が多い。

国を支配していたのは武士ですが、経済面では、一部の豪商、豪農が力を持っていました。江戸、京都、大坂を三都といいますが、江戸は武士と町人が半々ぐらい、京、大坂は町人が多数をしめていました。その町人は同じ幕府直轄地の三都でも若干システムが違うのですが、町人らの自治によって治められていました。

江戸では町年寄を頂点に町内自治が行われていました。町人といわれるのは、地子銀を収める地主、家主です。落語に出てくる裏店で借家暮らしをする八さん、熊さんは町人扱いはされません。地子銀を収める義務がないかわりに、なにか問題が起きてもお上に訴え出る権利はありません。

町人以外の住人を細民ともいいます。床屋も家持、地主なら町人ですが、そうでなければ細民です。細民の床屋が多かったと思われます。

身分制度ではありませんが、職能によっても要職、賎職がありました。武具に使用する皮革を製造する穢多は幕府にとって重要な職種でした。死体処理、川ざらいなどをする非人も必要でした。

それに対し、歌舞伎役者、遊女らは、幕府にとって困った存在の賎職です。中世より芸能者や遊女は非人扱いされていましたが、遊興や華美を禁じる幕府にとって、歌舞伎役者や遊女は困りものです。その周縁にいる女髪結も賎職視されていました。

幕府にとって困りものの歌舞伎役者、遊女でしたが、町人にとっては憧れの存在で、流行の発信源でもありました。いまのタレント、グラビアアイドル、女髪結はヘアメイクさんといったところでしょうか。

江戸時代後期には、庶民の流行の発生源としての地位を得ていた芸能者、そして彼らを支えた女髪結でした。

丘圭・著