昭和はパーマネントの時代

「炙った竹で作ったウエーブ」(http://www.kamiyui.net/?p=365)で、江戸時代にあったウエーブのことを書きました。そのついでに電気パーマを紹介しました。

電気パーマ、通称「電髪」と呼びます。電髪機が日本に輸入されたのは、大正12年(1923)ごろといわれています。

当時、普及し始めた電気を使って加熱し、加熱作用で用剤を反応させて、パーマネントウエーブを作る技術です。
電髪で使用する用剤は、亜硫酸水素ナトリウムとアルカリ性剤です。アルカリ性剤で毛髪を膨潤させるのはいまのコールドパーマネントウエーブ用剤と同じです。アリカリ性剤と加熱にとって還元させ、亜硫酸水素ナトリウムが酸化剤としてはたらいていたものと思われます。

電髪機は主に米国製で、ウエーブ用剤も米国製が多く使用されていました。電髪機の値段は家一軒が買えるほど高価で、昭和になると安価な国産の電髪機が開発され、電髪が広く普及します。

日本では戦後1956年にコールドパーマウエーブ用剤の最低基準が設けられ、さたに4年後の1960年にはコールドパーマウエーブ用剤の基準が制定され、翌年には医薬部外品の指定を受けます。

1968年には、シスチンパーマと一浴式パーマ、1985年には縮毛矯正剤、2剤に過酸化水素水、用時発熱式が認められるなど進化していきます。
2002年には、化粧品許可製品のカーリング剤の生産販売が始まります。このカーリング剤はチオール基を含む成分を配合した用剤で、その後改良が加えられて、パーマによる損傷を軽減しています。

マルセルアイロンではじまったウエーブヘアは、電髪で行うようになり徐々に日本人女性に受け入れられ、戦後は日本髪の流れをくむ束髪を凌ぎ、パーマヘアが主流になっていきました。当時の美容店はパーマ屋さんと呼ばれていたくらいパーマネントが広く普及しました。

しかし昭和の後期になると、ヘアスタイルの多様化などの理由により、パーマネントをかける人は減少しました。平成の時代も減り続けました。
髪の文化史で、パーマネントは昭和を代表する技術であり、ヘアスタイルだった、といえそうです。

丘圭・著