髪結・床屋の古川柳

江戸時代の髪結や床屋、髪型については絵画史料が有力ですが、当時の文献の中にも髪結や床屋について書いたものがたくさんあります。ビジュアル表現の髪型については絵画史料に一歩譲るにしても、文字の史料は当時の状況を知るのに参考になります。

髪結、床屋については、とくに川柳で題材に取り上げられています。それだけ庶民の生活に身近な存在だったからです。川柳は江戸中期、宝暦から明和のころから江戸の町で盛んになり、いまに続く短詩型の文芸表現です。江戸時代のものを古川柳、あるいは江戸川柳といい、当時の世相を知るうえで参考になります。

いまでは川柳と呼ばれていますが、川柳とは柄井川柳さんの名(雅号)に由来します。川柳さん以外にも雲鼓さん、菊丈さん、東月さん、幸々さんなど多くの選者がいましたが、川柳さんの選んだ句が面白いと評判をとり、川柳が一般化したといいます。

「髪結ねっと」で、髪結・床屋などにまつわる川柳を何点か取り上げたいと思いますが、紹介する句は江戸時代中期ごろの江戸の髪結・床屋を描いた句になります。史料として活用できるよう、できるだけ(わかる範囲で)、出典名(万句合勝句刷/まんくあわせかつくずり)、刷年を記載する予定です。

ちなみに川柳さんの選んだものは「川柳評万句合勝句刷」と呼ばれ、宝暦7年(1757)から寛政元年(1789)までの33年間になります。
また、明和2年(1765)から天保11年(1840)までに167篇ある「誹風柳多留」については、篇数を表記します。

手始めに一句。
人の気を結って髪結流行る成り/「誹風柳多留」七五)

客への気遣いをして客と通じ合う髪結は流行っている、ということでしょう。髪結・床屋は技術も大切ですが、基本は接客業なのは、いまもむかしも変わりません。

丘圭・著