江戸名所図屏風の男髪

江戸名所図屏風は初期の江戸の町を描いた屏風絵です。年代は江戸城天守閣が描かれていることから、明暦の大火(1657年)以前とされています。

この屏風絵は当時の江戸の町の縮図といえますが、正比例で縮小されているわけではありません。遊興や諍いなどが強調されています。庶民の生活やかぶき者、遊女などがことさら取り上げられていて、武家の影は薄い。絵師、あるいは屏風の注文者の意向が色濃く反映されている図柄といえます。

男の髪型は月代姿もありますが、総髪姿が多い。二つ折りの髷は見当たらず、茶筅髷ばかりです。このことからも、この屏風が描かれたのは江戸初期というのがわかりますが、それにしても丁髷が少なすぎます。

総髪茶筅髷でも髻の位置を低くした髷です。髻を低くすれば当然、タボはたっぷりとなり下がります。「低髻茶筅髷」とでもいうべき独特の髷で、かぶき者が好んでした髪型です。この屏風絵の一つのテーマはかぶき者かもしれません。かぶき者同士の喧嘩も描かれています。喧嘩といっても抜き身の斬り合いです。

若衆姿が多く描き込まれているのもこの屏風絵の特徴です。顔だけ見ると若衆なのか遊女なのかわかりませんが、中剃りの有無で判断することができます。かぶき者同士の喧嘩の中にも若衆が混じっています。若衆を連れた武家や旦那もいます。
舞台にあがっているのは若衆で、若衆歌舞伎が行われています。若衆歌舞伎は承応3年(1652)に禁止されているので、それ以前の江戸になります。

船遊びや水際の遊興が描かれているのは、他の絵画ではあまり見かけません。舟遊びに興じるのは丸頭巾を被った歳のいった人たちです。もちろん若衆、遊女、禿も混じってます。
どうやらこの屏風はかぶき者、遊興、船が三大テーマのようです。

被り物姿の男性が多いのもこの屏風絵の特徴です。編笠姿もいれば前述の丸頭巾姿も見られます。丸頭巾は年配の男性の被リもので、屏風の製作依頼者は年配の人の可能性があります。頬被り姿も見られます。労働者にとって手拭いで頭部を覆うのは仕事をする上で便利だったようです。

この屏風絵には数人の子供が描かれていますが、いずれも天頂部に髪を残し周囲を剃った芥子坊主姿です。江戸時代中期になると、幼い子どもの髪型にもいいろいろな髪型が登場するのですが、江戸時代初期は芥子坊主が中心でした。

屏風絵に描かれた男性の髪について紹介しましたが、そもそも絵師がその当時の江戸の街を正確に描いたのかは、わかりません。眼の前にはなくても再現表現は可能ですし、あっても消去してしまうこともあります。江戸城天守閣が描いてあるからといっても、再現して描き入れたのかしれません。

絵画表現は意図的に歪められますし、絵はデフェルメされて表現されることを前提にすべきです。とはいっても絵画史料は貴重な資料です。江戸時代初期の江戸の町の風俗の一端を垣間見ることができるのが江戸名所図屏風です。

*『江戸名所図屏風』より。図絵は日本橋南橋詰あたりの賑わいを描いています。描かれた男性は低い位置に髻をとった総髪茶筅髷姿が多い。上にある高札を見る人は一人もいません。あえて高札を無視したのかもしれません。

丘圭・著