簪(かんざし)は耳かき?

冬においしい「ふぐ鍋」は「てっちり」ともいいます。「てっちり」は江戸時代の武家から発祥した言葉といわれています。

仕える殿様のために命を捧げるのをならいとする武士がフグに当たって死んだのではもってのほか、お家断絶になってしまいます。そこで「ふぐ鍋」を「てっちり」といいかえたといいます。「てっちり」の「ちり」は、ポン酢や醤油に薬味を加えて食べる鍋のことをさします。「てっ」は鉄砲のことで、フグも鉄砲も、「たまにあたる」「たまに鉄砲玉にあたる」をかけた言葉です。

同様の言い換えはいろいろあります。いま「凧あげ」といいますが、もともとは「烏賊(いか)あげ」といっていたそうです。凧から伸びた二本の細い紙は烏賊の長い二本の足です。「烏賊あげ」が大名行列にたびたび墜落することから、幕府は「烏賊あげ」を禁止しますが、江戸の庶民は「烏賊あげ」を「凧あげ」といいかえて、平気で禁令を無視します。

髪関連では、櫛の材料「べっ甲」がそうです。本来、ウミガメの甲羅を「タイマイ」(玳瑁)と称していました。これは江戸時代のむかしからの高級品です。一方、「べっ甲」は内陸に生息する亀の甲羅を素材にした安物です。贅沢を禁止する幕府は「タイマイ」製の櫛の使用を禁止しますが、庶民は「べっ甲」製として使い続け、「凧あげ」同様、「べっ甲」という言葉が広く普及します。

簪(かんざし)にも庶民のしたたかさがうかがえます。江戸時代中期以降になると、豪華な蒔絵をほどこした象牙製やタイマイ製の簪や金銀、珊瑚などの装飾品をつけた簪が作られ、遊女や商家の娘が競って装着します。これも禁止されますが、簪をよく見ると、簪の端は小さなヘラがついています。耳かきのヘラです。

「これこれ贅沢な簪は禁止されているのを知っておるか?」
「何言ってるのお武家様、これは簪ではなく、耳かきですよ、よくみてください。耳かきをちょいと髪に挿しただけですよ」
こんなやりとりをして、町奉行配下の同心や武家を煙に巻いたのかもしれません。

江戸時代の前期は斬り捨て御免もありましたが、後期になると武士はめったなことでは庶民に手出ししません。そんな武家をからかい半分、おちょくっていたのが江戸っ子です。

丘圭・著

写真は、江戸後期の簪・桜紋様象牙製(櫛かんざし美術館・蔵)