耳を切られて身の上相談

刃物を操る理美容の仕事は稀なケースですが事故が起こります。明治4年の断髪令で、見よう見まねで急増した元床屋の自称・西洋理髪師。当然、お客さんの耳を切ったりと事故が多発しました。

明治の中ごろにはほぼ西洋風の髪形になり、理髪師の腕前も上がり事故は減ったはずです。とはいうものの人のやること、事故はつきものです。大正になって、身の上相談が新聞紙上で掲載されるようになって、その中に「理髪店で二度も耳を切られた」気の毒な人の身の上相談が寄せれています。

読売新聞(大正7年10月26日、「よみうり婦人附録」欄)より
お悩み
二、三目前に理髪店へ行ったところ、どうしたはずみかハサミで耳を切られてしまいました。
運が悪いというのか、こんな目に遭うのがこれで二度めなので、今では理髪店へ行くことが恐ろしくなりました。
ほかの理髪店でこの話をしたところ、そこの職人が一人前になるまでには、たいてい三人くらいは切っている」と申しました。するとこれは私ばかりの災難ではないに違いありません。
法律に明るい知人の話では、刑法上からも民法上からも問題になるそうですが、損害賠償など取れるのでしょうか。
しかし相手のことを考えますと、十歳を頭に小さい子が三人もあってあまり豊かな生活とは思われず、どうも訴えられそうにもありません。
が、一人前になるまでに三人くらいは切っているなんて平気で言ってのける彼らの心根が憎らしくてなりません。
よい方法はないでしょうか。(佐野生)

お答え
そうたいした傷でないのなら、おあきらめなさい。
しかし、実際そう二度も三度も切られてはたまりません。
何しろ人の生身に刃物を当てるのですから、この種の職業に従事する人は今いっそう気をつけるようにし、しかも衛生的であってほしいと思います。

この一文から、大正時代の理髪の情況が垣間見られます。「お答え」も当時としては妥当かと思います。

実はこの「身の上相談」、『大正時代の身の上相談』(カタログハウス、1994年刊)という書籍から引いたものです。129件の相談が選択されていて、相談ごとに編集者のコメントが寄せれています。
余談ながら、この相談に対するコメントは、回答の「二度あることは三度ある」を引いて、「広島で被爆した人が長崎の親戚を頼って引っこしたらまたも原爆に遭ってしまった」とブラックジョーク仕立て。耳を切られるのと被爆とを同列に扱う感覚に違和感を覚えた次第です。

丘圭・著