聖職者が行っていた理容

前回、理容外科医の誕生について紹介しましたが、理容外科医が誕生する前は聖職者が理容外科医的な行為をしていました。いつごろから聖職者が行うようになったかというと、神聖ローマ帝国のカール一世(大帝、742年~814年)の布告による、といわれている。

カール大帝はヨーロッパンの主要部を統一し西ローマ帝国を復興させただけでなく、キリスト教の拡大にも力を尽くしました。その一つが、修道院と大聖堂は病院を併設し、そこに聖職者を配置することを定めたのです。この布告により聖職者が信者の治療とあわせてひげ剃りや調髪などの理容を行うようになりました。

苦痛を取り去り、また不潔な身体を清潔するための簡単な治療行為、理容行為で、ヒルによる瀉血や抜歯、ひげ剃りなどです。同時に聖職者ですから、心のケアも行っていました。

宗教とケアは日本の古代にもみられます。理容行為ではありませんが、仏教の寺院では施湯という行為が行われていたのと、共通する部分があります。施湯、施し湯です。湯といっても湯船に浸かる風呂とは違い、いまのサウナに近い蒸し風呂です。弱った身体を回復するために施したといいます。

カール大帝の在位は800年~814年なので、1215年のラテラノ公会議で聖職者の理容外科医の行為が禁止されるまでの約400年間は聖職者による理容行為が行われていました。もっとも理容外科医の聖職者は多くなく、一般の人はセルフで、高貴な人は近習の人によって理容を行っていました。

丘圭・著