髪を結うミャオ族の若者

髪を結う日本髪は世界でも珍しい髪型文化といえます。結い髪は江戸時代中ごろから昭和期にかけて流行した日本髪だけかと思っていましたが、世界には髪の形はかなり違うものの結い上げる風習があります。

中国南部から東南アジア北部の山岳地帯に暮らすミャオ族という少数民族です。
ミャオ族の若者は側頭から後頭の下部をぐるりと剃り上げ、上部の長く伸ばした髪をひねりながらまとめ、毛束の毛をまとめた髪に差し込み、固定します。映像でみたのですが、濡らしてまとめやすくした髪を手際よくひねって、短時間で結い終えています。もちろんセルフです。
しかも仕上がった髪型はしっかりと固定されていて崩れる気配はまったくありません。

この映像はNHK総合テレビ『古代中国 英雄伝説「項羽と劉邦」』(2019年6月29日午後2時20分放映)という番組で、近年、発掘された劉邦の軍団の兵馬俑から、劉邦の軍団の強さの秘密を明らかにした番組です。

その強さの秘密の一つが兵馬俑から発掘された髪を結い上げた兵士の存在です。その兵士がミャオ族の兵士でした。ミャオ族の兵士を裏付けるために現在のミャオ族の若者の結い髪を映像で見せたのでした。

ミャオ族は勇猛果敢な戦士で知られ、漢民族はじめ周辺民族から恐れらていたといいます。ミャオ族の戦士を軍団に迎え入れる、劉邦の度量の大きさが後の漢王朝をを築くことになった、と番組では解説しています。

ミャオ族は勇猛果敢であると同時に、顔に入れ墨をしていました。ミャオ族は東南アジアを中心に広く分布し、亜流の民族は広く各地に分布しています。

後漢書・倭人伝に「男子皆黥面、文身…」と倭人のことを紹介しています(『嬉遊笑覧』)がもしかすると、古代日本民族はこのミャオ族に連なる一族だったかもしれません。アイヌ民族は明治のころまで顔に入れ墨をしていたといいます。

台湾にもミャオ族の流れをくむ少数民族がいることが、日清戦争で日本の植民地になった台湾の少数民族を調査からわかっています。台湾と日本、そう遠くはありません。太古のむかし、中国南部から流れ流れて日本にたどり着いた可能性はありそうです。

もっとも、日本では大陸からの漢民族や朝鮮族、満州族らの多くの渡来人と混ざり合い、いまの日本人の遺伝子の80%以上は大陸系だそうです。

顔面の入れ墨、髪の結い上げ、勇猛果敢、日本人との共通点のあるミャオ族です。そういえばむかしのミャオ族は首狩り族としても知られ、日本の斬首刑ともつながるかもしれません。もう一つ、ミャオ族の女性は美人が多い。それも共通かもしれません?

丘圭・著

参考文献:『鳥居龍藏のミャオ族調査の特徴 ― 台湾の少数民族調査との比較を通して―』(田畑 久夫、昭和女子大学大学院生活機構研究科紀要 Vol. 27 1~30(2018))