古代バビロニアの理容師

顔剃りはもともと理容師の仕事で、その歴史は古い。
古代バビロニアにはヒゲを剃る理容師が存在したと伝えられています。

油脂と灰汁を混ぜた石鹸のようなものを使って、ヒゲを剃ったといいます。
理容師は高い地位にあり、医者もかねたり、ときには為政者としても活躍していました。

古代に限らず中世、近世に至るまで理容師、美容師は特権階級の高貴な人に施術するのを常としていました。彼ら理容師、美容師も特権的な地位にあり、一般の庶民や大衆には無縁な存在でした。
古代バビロニアの理容師も特権的な地位にあり、特権階級の人に理容の施術をしていたのだと思われます。

古代バビロニアはいろいろな王朝が興隆して、その時代は長期に及びます。第一王朝は紀元前2400年ごろ成立しますが、それより前からシュメール民族はメソポタミアを支配していました。そして紀元前1595年に滅亡します。
この間、青銅器時代から鉄器時代へと時代は変わります。ヒゲ剃りに使った道具も青銅器製から鉄器製へと変わったかもしれません。

バビロニアの理容師に関する史料は、バビロン捕囚(紀元前597~同581に3回あった)でメソポタミアに連れて行かれたユダヤ人のその子孫が書き残したもので、時間的な経過があり信頼性には疑問が残ります。しかし、記述された内容は具体的なので、否定はできません。聖書にも同様の記述があるといいます。

古代バビロンの理容をはじめ、中世の聖職者による理容、その後の理容外科医と西洋の理容は、ヒゲ剃りと医療行為がセットになっていました。

丘圭・著