髪を結上げたローマの貴婦人

髪を結上げてつくる髪型は、日本髪だけではありません。古代ローマの貴婦人は好んで髪を結ったといいます。

トラヤヌス帝(1世紀後半~2世紀初頭に在位)の妻プロティナの肖像を模したコイン。焼きごてで髪をカールさせフロントから天頂部に3段にあしらっています。後頭部は編み込みヘアでネープから編み込んだヘアを垂らすという手の混んだ髪型をしているのがうかがえます(大英博物館・蔵)

ローマ時代は紀元前5世紀ごろから王政、民主政、帝政と紀元後まで続きますが、どの時代も結上げた髪は女性に人気でした。

ローマ時代の初期はセンターパートで髪を左右に分け、後ろに毛を束ねるだけというシンプルな髪型をする女性が多くいました。ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥス時代(紀元前63-紀元後14)には、焼きごてで髪をカールさせ、カールヘアを何段にも重ねた装飾性のある髪型やカールさせたフロントの髪をリーゼント風にしたものなど、多彩な髪型が流行りました。

ネロ帝のころ(紀元後1世紀)には、三つ編みにした毛束を巻き上げたり、王冠のような形にした髪型などの髪型が登場しました。この時代の貴婦人は、奇抜な髪型を競い合っていたようです。

髪を結っていたのは、富裕層の女性です。大勢の女奴隷のなかから手先の器用な奴隷を選び、髪結の作業をさせていました。女主人の周りでは何人もの女奴隷が髪を結う作業をしていました。時間もかかり、髪を引っ張られたりと女主人も大変でした。

洋の東西を問わず女性は結上げた髪型を楽しんでいましたが、西洋人と東洋人では髪質が違います。直毛の日本人の日本髪は毛束の平らな面をいかした光沢のある髪でしたが、西洋の結い髪は立体的なボリューム感を出す、装飾性のあるもので、表面の質感は異なるものでした。

丘圭・著