女性を魅了したマルセル・ウエーブ

マルセル・グラトーさんが開発したマルセルアイロンについては、「髪型風俗を変えたマルセルアイロン」(http://www.kamiyui.net/?p=515)に紹介しました。マルセルアイロンでつくるウエーブが日本人女性に与えた影響を書きましたが、マルセルアイロンは西洋の女性にも大きな影響を与えました。

髪型に関する美容行為は、古代ローマ時代には行われていました。特権階級の女主人は奴隷のなかから手先の器用な女奴隷を選んで髪を編ませたり結わせていました。現在にも通じるような装飾性の高い髪型が残されています。

もっと古くエジプト時代の特権階級の人たちは手のこんだカツラを装着していましたが、頭髪は剃らせていました。
男性は古代バビロン時代には王侯貴族の髪を整えヒゲをあたる理容師がいました。バビロニアの理容師は彼らも特権階級の一員でした。

理容美容の仕事は古くからありましたが、一般庶民を相手にするいまの理美容店は意外に新しい。

パリで美容店といえる施設が登場したのは1635年、日本では江戸初期です。当時も貴族や富豪の女性は自宅でローマ時代と同様、侍女らに髪を作らせていました。パリの美容店に通った客は、個人では美容担当の侍女を雇えない「準」裕福層の女性たちでした。娼婦も来店したようです。

そして、マルセル・グラトーさんがマルセルアイロンを開発したのは1860年です(諸説あります)。もともとは馬に関わる仕事をしていて、馬の毛並みを整えるためにマルセルアイロンを開発して馬の毛並みを整えていました。彼が少年のころのことで、グラトー少年は才気にあふれた闊達な少年だったようです。

ヨーロッパでは17世紀までは男性美容師は認められていませんでしたが、マルセル・グラトーさんの時代は男性美容師も増えていました。グラトーさんは友人の美容師に頼み込んで、自分が開発したアイロンを使うために美容店で働かせてもらうことにしました。マルセルグラトーさんがアイロンでつくるウエーブヘアは「マルセル・ウエーブ」とよばれ評判になり、彼が20歳のころモンマルトルに自分の美容店を出すまでになりました。

グラトーさんがつくるウエーブは加熱したアイロンこてでカールをつくる、いわゆる水素結合によるウエーブヘアですが、持ちがよく、しかも規則的なウエーブで、これまでにないヘアスタイルをつくることができました。この技術とヘアスタイルはパリのご婦人たちをすっかり魅了したのです。

当時、一般女性は髪に関してはセルフで済ませていましたが、マルセル・ウエーブがあまりに魅力的だったため、競ってマルセルグラトーさんの店に通いました。あまりの評判にマルセルアイロンでウエーブをつくる美容店が急増し、一般女性はそれまでの家庭で行うセルフによる整髪習慣から美容店に通う習慣になった、といわれています。

江戸時代の日本でもセルフで髪を結うのは女性の習いでしたが、髪型が複雑になるとおしゃれをしたい女性は髪結さんに頼むようになります。18世紀ごろ、遊女や豪商の女性が髪結さんの客でした。一般の女性が髪結さんに髪を結ってもらうようになるのは、髪結職が公許された明治以降、19世紀後期です。ヘアスタイルは違いますが、髪の文化は日本も欧州も似通った変遷をたどってます。

丘圭・著