職人も烏帽子姿から髷へ

室町時代までは、男性は烏帽子を装着するのが習いでした。安土桃山時代を境にその風習は廃れ、江戸時代の丁髷の風習へと変遷します。

『七十一番職人歌合』という室町時代の職人の姿を歌とともに描いた絵画史料があります。この歌合の成立は室町時代なかごろとされていますが、写本が残されています。

江戸時代になって、大和絵の絵師・土佐光信さんが描いたのは『職人尽歌合』(明和3年/1657)といいます。この歌合は元の『七十一番職人歌合』を忠実に再現したといわれています。
また浮世絵の祖といわれる菱川師宣さんも描いています。『和国諸職絵つくし』(貞享2年/1681)です。こちらは題材は『七十一番職人歌合』にとっていますが、江戸時代初期の職人姿を描写しています。

掲出した絵(国立国会図書館より)は、刀研ぎ職人です。上が『職人尽歌合』(土佐光信)、下は『和国諸職絵つくし』(菱川師宣)です。「研ぎ」以外にも『職人尽歌合』では烏帽子姿だったものが『和国諸職絵つくし』では装着していない例は多くみられます。逆に『和国諸職絵つくし』でも烏帽子姿の絵も何点かあります。「番匠」(大工)や「鍛冶」です。

江戸時代になっても正式の場で武士は烏帽子を装着して臨んでますし、格式の高い職とされる番匠や鍛冶は烏帽子姿で仕事をしていたようです。

丘圭・著