大正末は「おばこ」が多かった

考現学の今和次郎さんが調査した銀座を行く女性の髪型を紹介しました(*)が、深川でも調査をしています。

銀座は大正14年(1925)6月の調査でしたが、深川は同年10月の秋です。
銀座は調査数が816人と統計的にも意味がある数値ですが、深川の場合は29人と少ない。参考程度の価値しかないのが残念です。

調査結果は、オールバック1人、七三分け2人で洋髪は3人だけです。他は束髪を含めた日本髪です。おばこ10人、丸髷6人、銀杏返し1人、束髪8人で、もう一人は洗い髪です。

今さんは深川について考現学の調査から、肉体労働者や職人が多く、貧民層が居住する地域と断じています。今でも庶民的な風情を残す街ですが、大正末期の深川は貧しい街のようでした。

髪型も銀座では洋髪が42%だったのに対し、深川は母数が少ないものの1割に過ぎません。しかも髪型の分類のなかに「だらしなきもの」の項目を設けて、9人が該当しています。三人に一人が「だらしなき」髪をしていたことになります。

ところで、銀座の調査でも「おばこ」が多くカウントされています。この「おばこ」という髪型は厳密には横にした笄に「の」の字に毛束を2、3回巻きつけて収めますが、類似する髪型が多数あります。おしどり、おたらい、竹の節、かせ髷などなど。割唐子なども似ています。これらの日本髪は笄で毛束を止める、いわゆる笄髪です。今さんが調査した大正から昭和にかけては、これらの笄髷を「おばこ」とよんでいた可能性があります。

日本髪の種類は300を超すといわれてますが、その違いはほんの僅かです。しかも同じ髪型を別の名称でよぶこともあるから、わかりずらい。

丘圭・著

*「洋髪42% 和装99% 1925年銀座の女性」

洋髪42% 和装99% 1925年銀座の女性