深川と高円寺 少女の髪型

考現学の今和次郎さんは深川と高円寺で少女の髪型を観察し、その違いについて触れています。

深川の少女は、1924年(大正13年)、高円寺はその翌年に観察しています。数は多くありませんが少女の髪型をスケッチして残しています(図)。タッチが違うのは描いた人が違うからです。その稚拙はともかく、髪型のおおよそのイメージは把握できます。

深川の少女は、髪を結んだ髪型が多い。毛束を部分的にとって根本を結んだ髪のほか髷風にまとめた髪もあります。後ろ髪(タボ)を結んだジレッタ結び風のものもあります。前髪やもみあげも日本髪の影響を受けているようです。

一方、高円寺のものは編み込み、おさげに混じって、断髪、いまでいうボブヘア、ショートボブからページボブ風のものもみられます。

このスケッチから、江戸情緒を色濃く残す深川と、洋風化が進む東京郊外の高円寺と違いが少女の髪型に現れているのがわかります。

この違いについて今さんは、「文化住宅と裏長屋の相違、銘仙と安木綿の相違」などをあげて、「それは幸福の程度の相違からでしょう」と推測しています。今さんの分析は、深川は貧民窟であることを前提にして評価しています。文化の伝承という視点はみられません。

丘圭・著