「浮世床」床屋が舞台の落語

落語には床屋を題材にした噺があります。上方では、それらを称して「浮世床」というそうです。『浮世床』といえば式亭三馬の滑稽本が有名ですが、落語の世界では「浮世床」は一つのジャンルになっているようです。

以前、紹介した『床屋が舞台の落とし噺』(http://www.kamiyui.net/?p=462)も「浮世床」にくくられる噺です。これは床屋の看板(海老床)をテーマにした噺です。

このほかにも、床屋の客待ちで行われる将棋をテーマにした噺や、床屋の客待ちに置かれた貸本(『太閤記』など)をテーマにした噺、床と畳をかけて銭を払わずに逃げた畳屋の噺、また順番待ちでうたた寝をしている客の夢落ち噺など、いろいろあります。これらの噺をオムニバス形式でその触りを語る落語家もいれば、それぞれを独立した噺として口演する落語家もいます。

「無精床」という演目の噺も「浮世床」の一つです。そのさわりは、
行きつけの床屋が混んでいたので、仕方なく代わりに入った床屋がとんでもない床屋だった、という噺です。掃除はしていないし、ハサミも剃刀も錆だらけ。おまけに親方も無愛想の無精者。

この無精床にたまたま入ってしまった客の災難話が繰り広げられます。
ひげ剃りで顔に乗せた手ぬぐいが、とてつもなく熱い。親方「こっちも熱くて持ってらんね」。
水桶にはボウフラがわいている。「このボウフラは飼っているんだ」と親方。
月代を小僧に剃らせようとして心配する客に、「小僧にも練習させなきゃ」と親方。案の定、痛くてたまらない。下駄を削った剃刀を使っていると小僧。親方に代わってもらうけど、親方だって心もとない。この間、いろいろなエピソードがてんこ盛りにあって、結局は親方も剃刀を損じて、客は出血。「どうしてくれるんだ!」と怒る客に……。

最後のオチは、
「安心しな隣は葬儀屋だ」
あるいは「縫うほどの傷じゃない」などいくつかのオチが用意されています。

このほか、アレンジパターンとして、最後に耳を切り落としてしまうという作りもあります。
途方にくれる客に、親方「帰りは片側町を通って帰りな」(いまでは片側町が意味不明なので敬遠される)
犬を登場させる話もある。「この犬は削ぎ落とした耳を拾って食っちまった、また来やがった」
かなりなブラックユーモアのオチです。

落語「浮世床」、当時の床屋の一端を知ることができますが、「無精床」はいささか作り込みが過ぎるきらいがあります。

丘圭・著