強装束化の背景は

大陸から伝来した日本の服飾は、10世紀ごろに国風化され日本の装束が完成しました。その後、12世紀には強装束化が起こりました。

強装束(こわしょうぞく)とは、それまでの柔らかで曲線的な着衣とは違い、糊張りや厚織りの生地を多用し、直線的で硬い着衣のことです。

この強装束化によって男子の裝束は大きく変わったとされ、男子の服飾史の画期とされています。なぜ強装束化が起こったのかは、よくわかっていませんが、いくつかの説があります。

12世紀といえば、武家が力をつけてきた時代です。武を重んじる武家の美意識が強装束化をさせたのではないか、という説があります。『平家物語』に平家様式という言葉が出てきますが、これが強装束をさしているのではないかというのです。

もう一つはそのころ、それまでの摂関政治から院政へと天皇をめぐる政治体制が変わりました。摂関政治では天皇は生家である藤原家の母方によって育てられましたが、院政になって母方の藤原家との縁あがなくなったのが影響してるのではないかという説です。この説は、『今鏡』という歴史書に院政をはじめた後三条天皇の孫・源有仁がこの強装束を最初にはじめた人として書き記されているからです。

武家の台頭や院政という政治環境の変化、これらの変化が輻輳して男子の風俗に変化が起こったのかもしれません。
風俗は社会環境が大きく変化するときに、風俗も変わることが多い。強装束化は、社会の変化と同時に、当時の男子の美意識が強装束化に向かわせたのでしょう。

裝束は強装束にと変わった12世紀ですが、男子の髪に変わりはありませんでした。露頂は相変わらず禁忌で、烏帽子、冠の装着は男子の嗜みとして戦国時代まで変わることなく続きます。

丘圭・著