イガグリ頭と片手バリカン

ヘアスタイルの一つといえるかかわかりませんが、イガグリ頭があります。イガグリ坊主ともいい、坊主頭の一つです。坊主は剃刀で頭を剃りますが、イガグリ頭はバリカンで刈り込みます。イガグリという言葉には、均一ではなくデコボコに刈り込まれたイメージがあります。

いまは、エレクトリック・クリーパーの時代ですが、手バリも販売されています。値段は、新品で1万5千円前後でネット販売されてます

イガグリ頭は、明治16年(1883年)に日本にバリカンが伝来した以降に生まれました。バリカン伝来については「ヘアクリッパーの歴史」(http://www.kamiyui.net/?p=546)に紹介しましたが、理髪店で広く使われるようになったのはバリカンが国産化されてからになります。

明治23年(1890年)に国産初の片手バリカンが開発され、東京で販売れます。2年前の明治21年には両手式のものが大阪で開発されていますが、両手式は安定した運行が難しく、理髪業者からは不評でした。片手式のバリカンは評判になり、明治27年ごろから陸軍省が大量に購入しています。

大正期には電気バリカンが輸入され、昭和期には片手式バリカンは通称、「手バリ」といわれます。電気バリカンは「電バリ」です。
手バリは軍隊で導入されたこともあって、退役した兵隊らによって民間に広く普及します。両手式に比べれば安定した運行ができますが、頭皮に密着させて刈すすめるには、練習が必要です。理髪店の丁稚は、時間が空いたときは、手バリの運行や剃刀の研磨の練習をしたといいます。

普及することで安価になったバリカンは、農村部や貧しい家庭で広く使われるようになります。明治27年ごろにはイガグリ頭が見られるようになり、明治30年代には広まります。鋏と違い素人でも安全に操作できますが、しかしハンドルを開閉させながら運行するのは素人には難しい。結果、イガグリ頭になってしまった。

イガグリ頭が流行したことで、理髪業界にも一つの変化が起きます。前頭部を長く残したまま天頂部、後頭部、側頭部を短く刈り上げた「チャンガリ」という髪形が流行り、またイガグリ頭とは違うプロならではの角刈りが見直されます。

ちなみに、明治20年代にはスコヤ(スクエア)刈りといわれる起毛状態の髪形が理髪店で行われていました。スクエア刈り、角刈り、職人刈りなどともいい、いまのブロースカットのカテゴリーに入ります。

新しい器具機材の開発普及は、理容美容の業界にも少なからぬ影響を与えます。バリカンが民間に普及したことで、家庭でのセルフカットが広がり、理髪業界は顧客の減少に直面もしたのだと思われます。しかしそれは新しい髪型を提案し、新たな需要を開拓することにもつながりました。

マルセルアイロンが女性の間で普及したことが、電髪、パーマネントの需要を生み出したのと同様です。

丘圭・著