昭和10年、東京府の理容・美容試験

令和のいま、理容師美容師の国家試験は全国統一の試験で行われていますが、理美容師の試験制度は試行錯誤しながら現在の形になりました。以前は都道府県ごとに行われていて、東京の場合は昭和5年(1930)に第一回試験が行われました。

実施したのは警視庁です。戦前は警視庁や警察庁が理髪や髪結、美容の業務を所管してました。
同年に警視庁令・美容術営業取締規則が大改正されたを受けて行われた試験です。初めての試験で、医者などに依頼して試験問題を作成したため、非常に難しい試験となり、合格率は18%という低さでした。試験の内容は感染症の予防など衛生問題が中心だったといいます。

試験は試行錯誤しながらも毎年行われ、昭和10年(1935)に行われた試験では、3つの課題で試験が実施されています。第一種が頭髪髭剪(とうはつしせん)、第二種は結髪、第三種はマルセル・アイロン技術です。第一種は刈り込みとヒゲ剃りで、理容の仕事をするには第一種と第三種、美容は第二種と第三種に合格する必要がありました。第三種はこの年から行われるようになった試験で、試験内容は流動的だったのがうかがえます。

当時は、男性相手の理容(理髪)と日本髪や束髪を結う髪結、そして女子の西洋髪を扱う美容があり、試験制度もそれらの職種を包括する形にするなど苦心していたのがわかります。
以上は東京府の話です。他の道府県はまた別の形、違った試験内容で行われていました。しかも、すべての県で試験が実施されていたわけではありません。昭和8年の資料になりますが、試験を実施ていたのは3府33県で、1道10県は未実施でした。

47都道府県で試験が行われるようになるのは戦後になってからです。しかも都道府県ごとに実施していたため、都道府県によって試験問題の難易度が違うなどの弊害がありました。東京都の試験は難しく、都の試験に受からない人は、簡単な試験問題を行う県に出向いて受験していた、といいます。

理容師美容師の国家試験が全国統一されたのは、平成になってからのことです。

丘圭・著