日本髪は庶民文化

日本の女性が日本髪をしていたころ、ほぼ同時代の欧州でも装飾性の高いヘアスタイルが見られます。直毛で黒色の日本人と、ウエーブヘアでブロンドが多い白人では、おのずとそのスタイルは違います。

頭の上に船の模型を入れ込んだ、風変わりとしかいいようのないヘアスタイルを風俗史の書籍で見たときには驚きました。どのようにして作ったのか不思議です。
17世紀から19世紀にかけて、女性は洋の東西を問わず、美を競っていました。(いまも変わらない)

ところが華やかに装っている女性の身分が違います。
欧州は王侯貴族が中心です。ハプスブルグ家、ルイ王朝、ブルボン家、ドイツのハノーヴァー家、ロシアのロマノフ家、英国のテューダー家やスチュアート家など名だたる名家が莫大な富を背景に、ぜいたく三昧な生活をおくっていました。王家や貴族の女性には多くの付き人がいて、身のまわりの世話をしていました。髪の造形に長けた髪専門の付き人もいたはずです。そして、貴婦人同士で華やかな髪型を競い合っていたのだと思います。

日本にも朝廷・貴族、将軍の大奥、大名など特権階級の人たちがいましたが、その夫人らが日本髪の先端をいくような髪型をしていたわけではりません。歌舞伎役者の女形、遊女、茶屋女らがした髪型が話題になり、浮世絵などで紹介され、それが庶民の女性に広まっていきました。
日本髪は、庶民文化の一つといえます。

欧州では権力者と富が一致していましたが、日本では治世の権力者は武家、権威は朝廷貴族にありましたが、富は三都の豪商はじめ土地持ち、家持ちの町人ら、そして地方の豪農が握っていました。この違いが日本髪だけでなく、服飾や文芸、絵画、演劇などなどの文化全体に現れています。欧州は王朝貴族が文化を担っていましたが、日本は庶民が担っていました。

『世事見聞録』で著者の武陽隠士さんは「笄十本余も取り飾ることにて百両や二百両も懸る」と遊女の贅沢ぶりを怒っています。武陽さん、なにかと大げさな物言いをする方なので話半分しても、いまの貨幣価値で1千万円近くを笄にかけています。鼈甲(タイマイ)製の笄でしょうが、他の飾り物や豪華な衣服を考えると、歩く千両箱です。

日本髪にしろ西洋のヘアスタイルにしろ、先端の髪型を楽しめたのは、ごく限られた女性だけです。多くの貧しい女性は日々の生活に即した簡単な髪型をしていたのは想像できます。

貧しい庶民の家庭でも、母親が娘に髪の結い方を教えれるのが習いとされていました。しかし、セルフでの結い髪はおのずと限界があります。小枕やカモジなどを入れることはせずに、地毛だけで結った島田や丸髷になります。さしものなども入っていないので、浮世絵などに描かれている大ぶりの日本髪とは違い小ぶりに仕上がります。それでも十分に美しい。

時間に追われるときは、髪を結っていられません。笄、といっても棒切れ1本に伸ばした髪を巻きつけて留めるか、後頭に髻をとって髪をまるめて手ぬぐいでまとめて髪を収めて、日々の家事や作業をこなしていたのだと思われます。

丘圭・著