髪結だけでない駆け付け役

江戸の髪結床は、駆け付け役が町役でした。火災などの災害時に奉行所や町名主など役所や役宅から書類などを持ち出す役目です。駆け付け人足です。

この駆け付け役、髪結床だけが担っていたわけではありません。

天保の改革ではさまざまな分野で改革が行われましたが、その一つに床見世があります。
しっかりした造りの建見世と違って、床見世は簡単な造りで、たいてい葦簀(よしず)張りです。橋端などの人通りの多い場所に作られ、火災時には取り壊して、類焼を免れます。

床見世を構えるには町奉行の許可が必要です。しかし、実際は許可を得ずに見世を構えたり、床見世で許可を得たもののその後、頑丈な建見世に建て直したりしたのもありました。
天保5年と天保12の二度に渡り江戸・神田佐久間町から出火した大火があり、この大火のあと、床見世が急増したといいます。増えた理由は、橋端は人通りが多く商いにうってつけ、床見世は安上がりで、しかも税や町入り用の負担をしないからです。江戸市中の建見世より安価で商品を提供でき、多くの客が床見世を利用しました。これでは、税を払って町役を担っている正規の手続きを経て営業している建見世はたまりません。

天保の改革をすすめた老中の水野忠邦さんは、許可の有無を調べて、無許可のものはすべて撤去しようとしました。これに抵抗したのが、あの遠山の金さんこと、町奉行の遠山金四郎さんです。
金さんは、すべてではないにしろ、税を負担し、町役を担っている床見世もあり、しかも床見世で稼ぎをしている人の多くは日暮らしの細民であることなどをあげて、彼らの仕事を奪うのを避けるよう提言します。その町役のなかに駆け付け人足が含まれていて、髪結床以外にも駆け付け役をしていたのがわかります。(遠山金四郎が水野忠邦に提出した「町中床見世の儀に付き御内慮伺い奉り候書付」)

遠山の金さんが無許可の床見世を一律に取り壊したのでは、日暮らしで日々やっと生活している細民から仕事を奪い、市中が不安定になることを懸念したのでしょう。町奉行、遠山の金さんはテレビに描かれているような庶民の味方ではありませんが、世情に通じていたのは確かなようです。

丘圭・著