ホウロクを剃って剃刀修業

1890年(明治23年)ころの明治天皇
1890年(明治23年)ころの明治天皇

いまも一人前の理容師美容師になるには10年近くかかる。2年間かけて理容学校美容学校を卒業して、国家資格を取得してから理美容店に入店してからも、さらに5、6年はかかる。

江戸時代の髪結い職も「髷を習うのには、十年から年季を入れます」と「幕末百話」(篠田鉱造)にある。
髷は徳利に髪を結わいてそれで稽古した。剃刀はホウロク(素焼きの平たいなべ)の底を相手に、穴があくまで練習してから、「自分の膝頭を剃るんですが、下手を剃ると銭湯に往ってしみるの、しみないのじゃない。眼から火が出ます。これが修業で、、、」と剃刀の扱いを習熟するまでには大変な労苦があったようだ。

髪結床は三人立ちといって、親方の床師、中床、小僧の3人で客に接するが、膝小僧がしみるまでに稽古した小僧だが時として「脳天をよく西瓜をそいだようにゲッソリ、、」ということもある。客のなかには渋い顔をしながらも、剃刀という金物が身に入って縁起がいいと言って親方をなだめてくれる人もいるが、烈火のごとく怒り出す客も。おそらく後者のほうが多かったのでは?

剃刀の扱いは刃物を直接肌に接するだけに危険がともなう。しかし肌に接する技術であるからこそ剃り心地、気持ち良さもある。

明治天皇といえば、その豊かな髭が象徴にもなっている。断髪令の翌年の明治5年に断髪したと伝わる。明治天皇の髪を切ったのは西洋理髪師から技術を習った侍従といわれるが、髭剃りは万が一の場合を恐れて避けたのかもしれない。その結果、豊かな髭をたくわえることになった。*

*若いころの髭のない画像も残されている

丘圭・著